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第31回 『Yokohama Marriage Agency』 神奈川県横浜市の結婚相談所

2020年10月20日


「彼のプロフィールをどう表現すれば女性に興味を持ってもらえるのか。写真をどのように撮り直せばいいのだろうか。いま、ずっと考え続けています」

 ちょっと不器用な話し方から誠実な人柄が垣間見える。結婚相談所Yokohama Marriage Agencyの高澤直人さんだ。2019年に開業し、取材時点では会員は男性1名のみ。大丈夫なのか。

「まずは目の前の会員さんにしっかり向き合って成果を出していくフェーズだと思っています。もちろん、お問い合わせいただければしっかり対応します。ある女性から質問を受けているので、『どんな答えをすればこの人は前向きになってくれるのか』を寝ても覚めても考えています」

 高澤さんには本業がある。ITベンチャーでデジタルマーケティングや広報業務を担当しているのだ。国内のビジネススクールに通って経営学修士を取得した経験もあり、「どうやって売り込むか」などを考えて結果を出すことに「マーケターとしての魅力」を感じ続けている。

「デジタルマーケティングの世界では1つの施策ですぐに結果が出ることはまずありません。気持ちを折ることなく、何回も直して少しずつ進んでいくのです。婚活も同じだと思っています」





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第30回 『サンマリー東京』 東京都港区の結婚相談所

2020年10月18日


 様々な人生経験を目の前の仕事に生かせることが結婚相談所運営の醍醐味だと筆者は思う。逆に言えば、結婚相談所が提供する最大の「売り物」はカウンセラーの人柄と能力なのだ。カウンセラーに信頼や共感を覚えるからこそ、その助言に素直に耳を傾けられて、婚活の幅を広げて成婚に至りやすくなる。

 2019年11月にサンマリー東京を開業した蜂巣直子さんの前職は大手百貨店の法人外商営業部。航空会社や化粧品メーカーの制服など、企業からの大口注文を狙い続ける仕事である。

「窓口は各社の総務部などですが、その先にいる何千人、何万人の顧客のことを考えねばなりません。売れたら5億円だけど売れなかったらゼロ円だったりします。やりがいはあったけれど、顧客と取引先の板挟みなどもあってストレスの大きな仕事でした。結婚相談所はもっとシンプルで明快です。個人に丁寧に向き合って結果を出せばいい。人間らしい生活ができています」

 見るからに押し出しのいい蜂巣さん。きっと「できる営業」だったのだろう。25年間におよんだ百貨店の勤務経験は結婚相談所の開業に役立ち、勤め人の気持ちに寄り添うサービス開発にもつながっている。この点に関しては後述する。

第29回 『婚活ハナコとタロウ』 大阪府堺市の結婚相談所

2020年09月20日


 新型コロナウイルスの感染拡大とその対応により、医療関係者への感謝と尊敬の念が高まっている。危機的な状況で冷静に務めを果たそうとする姿は美しいしありがたいと筆者も感じる。

ただし、彼らも一人の生活者である。プライベートの安定と充実があってこそ仕事に励めるものだ。医療関係者の多くは不規則な出勤形態にならざるを得ないが、「結婚したい」と思ったときに結婚できる世の中であってほしい。それには彼らの婚活を親身になってサポートしてくれる人が必要だろう。

 大阪府を中心に主として看護師の婚活を支援しているのが「婚活ハナコとタロウ」だ。代表の塩路高浩さんはWeb系の仕事に長く従事してきた経験がある。

「Webの仕事は今でも続けています。情報サイトを運営していたことがあり、婚活系情報の需要の高さは知っていました。一方で、Webの仕事ばかりやっていると疲れます(笑)。私もすでに40代半ばです。人の幸せに直接関われるような温かみのある仕事をやりたいなと思って結婚相談所を開業しました」

 会員を医療関係者に特化した理由は、パートナーである妻の貴子さんが看護師だからだ。貴子さん自身、30代半ばで結婚願望が高まり、婚活サイトに登録してすぐに高浩さんと出会うことができた。しかし、離婚歴のある高浩さんのほうは婚活パーティーなども含めて1年近くを婚活に費やした。

「途中、気分の波もありました。そんな私の場合、ちゃんとカウンセリングもして寄り添ってくれる結婚相談所のほうが向いていたのかな、と思うこともあります」

第28回 『ラウレアマリッジ吉祥寺』 東京都武蔵野市の結婚相談所

2020年09月14日


 44歳の女性。離婚歴あり。中学生の子どもと2人暮らし。婚活の場においてはかなり不利な立場に置かれるスペックだ。ラウレアマリッジ吉祥寺の佐藤優さんは、この条件で結婚相談所に入会して1年後には現在の夫と出会って結ばれることができた。

「この上ない人と結婚できたと思っています。結婚してから7年間でケンカをしたことはありません。軽い言い合いになることはありますが、話し合ってお互いが相手の意見を受け入れられるからです」

 婚活中の読者のためにも、「佐藤さんの再婚は奇跡だった」とは言いたくない。なぜなら、佐藤さんは結婚相談所を介して10人もの男性とお見合いすることができ、その中で最も誠実そうで自分と相性が良さそうな男性を選んだからだ。

 婚活アプリなどとは異なり、結婚相談所の場合はカウンセラー(仲人)が必ず付く。大半の結婚相談所は「連盟」と呼ばれる会員情報共有システムに入っているため、会員は自由にシステムを使って異性の情報を検索してお見合いを申し込むことができる。これは婚活アプリと似ている。

 結婚相談所の利点は、プロであるカウンセラーが間に立ち、「この人はどうですか? あなたの条件とは少し違うけれどいい人そうですよ」と勧めてくれたり、お見合い後もあれこれとフォローしてくれることにある。相手に言いづらいことは上手に伝えるのもカウンセラーの役割である。

 佐藤さんの場合、相手側のカウンセラーのちょっとしたミスと思いやりのおかげで夫と縁をつなぐことができた。

「なぜか私が2回もお見合いを申し込んだことになっていたんです。夫は埼玉在住だったので東京の私とのお見合いを渋っていたようですが、『2回も申し込んでくれたのだから会ってみたら?』と先方の仲人さんが説得してくれました」





第27回 『結婚相談所いちご一縁』 東京都豊島区の結婚相談所

2020年08月05日


 1988年生まれの31歳。立教大学卒。結婚相談所「いちご一縁」代表の江口菜美さんは、一見すると育ちのいい清楚な若奥様風の女性だ。

 しかし、結婚相談所を始めるまでの20代を振り返ってもらうと、仕事でもプライベートでも先が見えず、自信が全く持てずに苦しんでいたことがわかる。結婚に焦って「依存タイプ」の男性と無理に交際して婚約破棄に至った経験もある。意外と苦労人なのだ。だからこそ、婚活で大変な思いをしている人に辛抱強く寄り添えるのかもしれない。

「大学卒業後の3年間は通信制の高校で国語教師をしていました。複雑な家庭で育ってきた生徒もいます。でも、視野が狭い私は社会のことを何も教えてあげられません。閉塞感が強まって退職しました」

 勤め先の高校を自分も「卒業」してしまった後も江口さんの迷走は続く。非常勤の教員をしながらカフェバイトなどを試すが、適職だと思える仕事は見つからなかった。

 一方で、25歳ごろから学生時代の友人たちが次々と結婚をし始めた。大卒者の結婚第一波である。ちなみに第二波は30歳直前、第三波は35歳直前に来やすい。

「結婚していない自分は人間としてダメ!なんて思いこんでしまいました。結婚した人たちは数年交際してからだったので、彼氏もいない私とは文脈が違うのですが、そんなことは目に入らずに焦っていました」





第26回 『サニーソウマリッジ』 京都市中京区の結婚相談所

2020年08月02日


「40歳を超えた頃から、『人生の前半が終わったな。後半は人の笑顔を直接見られる仕事をしたい』と思っていました。結婚生活も10年を過ぎて節目を感じていたこともあります」

 Zoom画面の向こうで、いかにも人が良さそうな顔をしているのは京都の平田誠二さんだ。20年間勤めた製造業のサラリーマンを辞めて、妻の未來さんが2019年の夏に始めた結婚相談所「サニーソウマリッジ」に参加したのは今年1月のこと。屋号を決めたりする準備段階から前のめりで関わっていたと振り返る。

「会社の社長からは引き留めてもらいました。でも、僕の気持ちを伝えたら『それなら仕方ない』と応援してくれています。社長の奥さんのお友達を会員候補として紹介してくれたり。ありがたいことです」

 子どもの頃から「笑うのも笑わせるのも大好き」だったという平田さん。高校時代まで打ち込んでいた野球では常にキャプテンもしくは副キャプテン。自然とまとめ役をしていた。

「人がいっぱい集まって楽しそうにしているのが好きで、社会人になってからは合コンを毎週末のように企画して、200人規模の飲み会サークルも運営していました。でも、僕はいわゆる遊び人ではありません。女の子が泊まりに来ても何もしないような安全なタイプです(笑)。とにかく人の輪と縁をつなげていくのが好きでした」


第25回 『婚活サロン meet U』 東京都渋谷区の結婚相談所

2020年07月13日


 やたらに前向きで行動力があってちょっとお人好しな人が多い――。結婚相談所の経営者を訪ね歩く本連載を20回以上続けてきた感想だ。経営者と言っても、1人で運営している人がほとんどで、はっきり言って大儲けができる業態ではない。無性に人間が好きでぜひお世話したいという人物でないとこの仕事はできないのだと思う。

 2020年1月に開業したばかりのmeet Uの代表カウンセラーである菊池友美さんはある意味で典型例である。都内の喫茶店で待ち合わせをしてインタビューをしたが、開始15分後ぐらいには聞き手であるはずの筆者のほうがたくさんしゃべっていた。

菊池さんはとにかく話しやすい人なのだ。好意と好奇心を持ってこちらのことを聞いてくれているのがわかる。ビジネスの世界では「傾聴力」や「コーチング」というのかもしれないが、菊池さんの場合は天性のもののようだ。

「学生時代は地元のデニーズでアルバイトしていました。常連さんたちに気に入っていただき、『コーヒーのお代わりはお前からしかもらいたくない』なんて言われたり……」

 大学卒業を控えてアルバイトを辞めることを一部の常連客に報告したところ、真珠のネックレスや商品券などをもらったらしい。チェーン店のアルバイトスタッフがこの域まで達するのはすごい。菊池さんの人柄と努力がうかがえるエピソードである。

第24回 『センチュリーブライダル』 愛知県名古屋市の結婚相談所

2020年07月02日


 名古屋市中村区に来ている。超堅実ながらもド派手な結婚式で知られる尾張地方のど真ん中である。真黒の大型高級車で駅まで迎えに来てくれたのはセンチュリーブライダル代表の小野内有知さん。はっきり言ってかなりいかつい風貌だが、正体は4人の孫を溺愛する心優しい「泣き虫」らしい。見た目とのギャップが大きすぎる……。

「インバウンドの会社をやっていたときに中国人のパートナーからアドバイスされて髭を生やし始めました。中国人は髭のある男性を信頼するそうです」

 バブル世代特有の軽やかな口調で話してくれる小野内さん。旅行関係の専門学校を卒業してからの約20年間は旅行会社で働いた。添乗員として国内外を旅する日々は楽しく、営業も苦手ではなかった。しかし、団体旅行の減少やネットの台頭により、新たな道を模索することに。38歳の時だった。

「友人が経営する医療系の会社で介護事業を一緒に立ち上げることにしました。訪問介護ステーションやホームヘルパー事業所です。10年ほど続けて軌道にのりつつあったのですが、オーナーである友人との意見が分かれて辞めることになりました」

 小さな結婚相談所の経営者には小野内さんのようなタイプが少なくない。仕事熱心ではあるけれど、雇われて働くことには向いていないのだ。顧客満足を追求するあまり、組織とぶつかってしまうこともあるのだろう。ならば、自分でやるしかない。2012年、小野内さんが結婚相談所センチュリーブライダルを設立した。

「京都の知人が20年以上も結婚相談所を続けていて、幸せな仕事だなと感じたからです。私も『仲人がしたい』と思いました。会員に寄り添い続けて、最後に一緒に涙を流す。成婚料を含めて30万~50万円ほどの料金はいただきますが、それで一生のパートナーを見つけられるならば安いものではないでしょうか」

第22回 『マリーミー』 東京都渋谷区の結婚相談所

2020年03月02日



 一度でも本気で婚活をしたことがある女性ならば、結婚相談所マリーミーの代表である「植草美幸」という名前を知っているだろう。テレビやラジオ、雑誌に文字通り引っ張りだこの人物だからだ。

 マリーミーは現在、植草さんを含めて9名のスタッフで運営している。東京・表参道にある事務所を訪れると、人の出入りが多く、しかも対応が迅速。成長中の会社に共通する精気のようなものが伝わってきた。

「土日は10人以上の会員さんを1人45分間でカウンセリングしています。私のカウンセリングを受けた方はスッキリした顔で『元気になりました!』と喜んで帰りますね。私のほうは疲れますよ。あまりに疲れるので、もうやめようかなと思ったこともあります。でも、それではみなが困るでしょう」

 自信に溢れながらもざっくばらんに語ってくれる植草さん。自ら約50~80人の会員を常に担当し、自分の子どもをみるような気持ちで応援し続けている。インタビューをしていると、そのパワーと魅力の背景には生い立ちと経歴が強く影響していることがわかった。

「私の父は北九州で鉄工所を経営していました。会社と家族ごと千葉に移転することを決め、約30人の従業員全員と私たち家族を連れて引っ越したのです。九州人は心が熱く、義理と人情で結ばれています。最後の一人が退職するまで、80歳を過ぎても父は経営者であり続けました」

 その妻、つまり植草さんの母親もすごい。千葉に連れてきた若い従業員たちにお見合いをセッティングし、3カ月間で全員を結婚させたのだ。両親の後ろ姿を見て育った植草さんには「会社経営者は従業員の結婚や家族の世話もするもの」という大家族主義な考え方が自然と身についた。なお、植草さんには3人のきょうだいがいて、病院経営の弟も含めて全員が「創業社長」である。

第21回 『ラブライフバランス研究所』 東京都港区の結婚相談所

2020年01月21日


 Rushの水野さんという名前を聞いて、筆者は嬉しさで浮足立った。あれは15年ほど前のことだったと思う。ビジネス誌のインタビュー仕事で、合コンセッティング会社の創業社長として名を馳せていた水野真由美さんに会いに行ったのだ。やる気と行動力に満ち溢れ、説得力のある言葉で話す美人だったという強烈な記憶がある。

 その後、水野さんは合コン事業を婚活企業の大手であるIBJに売却し、自らはラブライフバランス研究所という結婚相談所を経営している。久しぶりに会ってもらい、あれこれ聞いてみたいと思った。